問題集を5周する 〜ひょんたの「不器用」勉強法〜

はじめに 〜「うまくいかない」勉強法〜

 センセーショナルなタイトルをつけてしまいましたが、この記事ではごく普通に、私が受験生の頃から依拠している勉強法を紹介したいと思います。何かの合格体験記や、受験時代の回顧録ではありません。

 しかしいきなり宣言するのですが、これは勉強が「うまくいく」ことを目指したものではありません。高得点を目指すわけでも、短時間で結果を出すわけではありません。

 

 私の勉強は、やりたくない勉強を「やり過ごす」ことを目的としています。なので、まずは

  1. キャリアにも成長にも興味がない人
  2. キャリア・成長に興味はあるけど、それらの概念に違和感を感じている人

におすすめの内容です。

 しかし、敢えて言うならば、なんらかの「合理的結果取得」が「できる」エリートの方々にも、いやそういう方々にこそ、是非読んでいただきたい記事であると思っています。

 

 さて、ここで皆さんにとってとっつきやすい事例、すなわち私の「実績」を紹介します。受験生時代(1年間)、自分が取り組んだ「数学」の勉強量についてです。

 これから紹介する方法で、私は以下の勉強量をこなしました。あくまで思い出せる範囲ですが…。

  1. 赤チャート:5
  2. 文系数学のプラチカ6
  3. 1対1対応の数学:5
  4. 志望校の数学25カ年:5周(古すぎる問題は飛ばしました)
  5. K合塾のテキスト:各5
  6. 学校教材:0.2
    (授業で指定された問題を、指名されそうな時だけ前日に解いておいた。人の話を聞けなかったので、授業は一切聞いていなかった)

チャート式 数学I+A | 砂田 利一, 柳川 高明 |本 | 通販 | Amazon

▲こちらからひたすらアプローチしても、最後まで心を開いてくれなかった。
 「究極のツンデレヒロイン」こと赤チャートちゃん

 

 

 さて、ここで大事なのは、これだけやったにもかかわらず、最後まで数学は得意にならなかったということです。元々数学が苦手で、志望校の受験生の中で「人並み弱〜人並み」程度にまで点数は上がりましたが、それ以上のことはできず、また求めてもいませんでした。

 一方でこれだけの量をこなしたということは、「数学という嫌な科目でも、かなりの時間を投下できるくらいに心理的負荷を下げることができた」という内面的な実績です。この実績は一般化すれば、「成果を出す以前に、状況に耐える」ということが求められる時に、絶大な効果を発揮するものと考えます。受験が終わる頃にも、数学には一切自信がありませんでしたが、「数学に耐えた」ことに関する謎の自信を得ることができました。

 

 すでにお察しかと思いますが、私の勉強法は、「反資本主義的な勉強法」と言えるでしょう。資本主義社会で成長し、成功したい人は、ここで紹介するものとは「真逆」のやり方をやるといいでしょう。ただ、どんなに成功したい人でも、資本主義装置のスピードによって摩耗し、どうしようもなくつらくなることがあると思います。そういうスピードの単調増加は、人を殺す可能性があります。速さに殺される前に、是非、「遅める」ことに興味を持っていただければと思います。それは成長速度を鈍らせ、心理的コスト、すなわちストレスを下げることに特化した暗記術・勉強法なのです。

 

ここまでのまとめとして、どうか以下のことにご注意ください。

  • 短い時間で成果が出せるわけではない。むしろ時間をかけてダラダラやる方法である。
  • 精度(再現性や細かさ)が上がるわけでもない。「ちゃんと」やりたいのであれば気持ちを乗せて勢いよく取り組んだ方がいい。

 

あまり多くない「事例」

 ご存知の通り私は怠惰な性格で、必要最低限のことしかやりたくないし、インプット能力も低いため、社会人になってからはほとんど資格試験を受験していませんでした。

 

 そのため、正直、紹介できるような事例はあまり多くありません。

 今回の記事では直近(2020年夏)に受けたAWSソリューションアーキテクト アソシエイト試験を中心的な事例とみなします。ただし別に点数が高かったわけでも、短期間で合格したわけでもありません。半年もかけたのに、割と合格ギリギリの点数でした。

 

 その他、社会人時代は職場での最低限の人権確保のため以下を受けましたが、記憶(どうやって勉強したかだけでなく、何を勉強したのかすらの記憶も)がほとんどないので、今回の記事では扱いません。

  • 証券外務員一種
  • Excel VBA スタンダード
  • 英検1級 

 また、記事を書く前提として、哲学者の概念セットなどを入門書からインプットする時にも利用しはじめています。仕事で変なツールを使わなければならない時とかも便利でした。変なツールを使わせるな。

 

全体像

 全体像はこんな感じです。読みながら適宜、この図に戻るとわかりやすいでしょう。

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① 「立ち上げ」編

1. いきなり解く

 さて、ある資格試験を受けようと思った時に、何から始めますか?大抵の方は、試験概要や合格体験記を読んで、ウォーターフォール的に計画立案の準備をするようです。

 しかし私のお勧めは、このタイミングで「いきなり問題を解く」ことです。過去問や模擬試験があればそれを利用しましょう。当然、正答率は非常に低いものとなるのですが、それがこのステップのポイントです。

 これをお勧めする理由は、「一番大きなストレスを、最初に味わっておくため」です。ここで自分に対して醜態を晒しておくと、後々練習を重ねる際に正答率が20%とかでも、なぜか気にならなくなります。ただし、ビギナーズラックで80%とかを取れてしまうこともあるので、その場合は今後の実演習の中で徐々に自己肯定感を下げておきましょう。

 ちなみにこれはフロイトにおける「去勢」の経験だと思います。気になる人は是非調べてみてください。

 

2. 合格体験記で「卑屈」になる

 次に、ようやく「●●に▲週間で合格した話」のような、「エリート」による「マウンティング」的な合格体験記を読みましょう。ここで意識するのは、この書き手は「エリートな」能力を持っていて、自分とは違うということを常に押さえることです。

 まず取り組むべき作業は、それらをざっと読んで、「自分にはここまでうまくやることができない」ということを実感すること。これぞ、原初の劣等感

 そして自分のメンタルを動揺させた後は、憎きエリートによるエリートな言葉遣いに注目しましょう。「エンドポイント単位でフェイルオーバーするときのソリューションは管理オーバーヘッドの節約方法が独特なのでしっかり押さえておきましょう」、みたいなアレです。「お前は何を言っているんだ?」という屈辱。それは初学者に喧嘩を売るような、専門用語の連鎖の暴露です。

 エリートはえてして、自分が慣れ親しんだ専門用語を振りかざします。そうすることで「これくらいの言語操作・文脈形成はできて当たり前ですよね」というマウンティングを読者に対して行うのです。腹が立ちますね。

 ここでそれらの言語操作の「意味不明さ」から目を逸らさず、「憎しみ」と「劣等感」を大事に育てていきましょう。ちなみにこのセクションの「言語の物質性への着目」というポイントは、以下のラカンの理論を使っています。

 

3.「受かること」だけを目的に

 ここでようやく「自分はこの試験を受けるのか?」「何のために受けるのか?」という「目的」に関する問いに向き合います。ここで「自分の能力を高めるため」という夢溢れる発想に行きがちですが、それをグッと堪えましょう。正解は「試験に受かるため」です。

 冷静に考えてみると、試験に受かってもどうせその内容を忘れてしまうのだし、受けたところでなんらかの能力を上げることにはなりません。試験を受けたことで得られるのは、能力があるように見せることで、能力を証明するコストを下げられるということに過ぎません。つまり、しっかりと因果関係を厳密に分析すると、「試験勉強の目的は、試験に受かることである」という小泉進次郎みたいな言説に到るはずです。

 そしてここで「目標」に注目すると、それは試験の合格条件である「正答率」以外に何も設定する必要がないことがわかります。極端な話、その試験で知識・理解を得ることやそれを応用することは、試験勉強と直接的な因果関係にありません。

 ここで、以下のリンクにある「中国語の部屋」をイメージしてみましょう。聞いたことがある人も多いと思います。

 私は何も理解できないし、何の能力も実装できないが、能力が「ある」という事実性を演出することができる。この見かけ上のチューリングシステムの仕組みによって、自分を守る手段として人間に与えられたのが、試験という制度です。極端な話、能力は「幻想」です。なので、事象を幻想化する装置がなければ、人間はうまく主体化することができないのです。

www.cscd.osaka-u.ac.jp

 

4.「終わり」を可視化する

 #2のポイントにもみられましたが、エリートは「いかに理解を深めたか」だけでなく、「いかに手際良く試験に合格したか」ということをやたら自慢してきます。腹が立ちますね。

 彼らの欲求は「コストパフォーマンスとしての能力」に関する承認欲求です。「俺、全然勉強しなかったんだ〜(でもこれだけ点数取れたんだよね、すごいでしょ)」という、学生時代に誰もが一度は受けたことのあるマウンティングです。本当に腹が立ちますね…。

 ただし私はエリートではないので、それにつられる必要はありません。したがって「試験に合格する」という「終わり」の部分を定義することは必要ですが、そこに自分から「期限」を設定する必要はありません(他人から強制された場合を除く)。

 余談ですが、私は短時間でテストや論文を終わらせたことを自慢する人より、「ものすごく長い時間をかけたのにうまくいかなかった」と悩む人の方が好きです。

 

② 「インフラ」編

1. ダッシュボードを作る

 ①で自信をしっかり失った後に、ようやく作業らしい作業に入ります。具体的には、問題演習用の教材を選び、それを何度も周回するための「ダッシュボード」を作ることです。

 まず教材ですが、ここでも「概論・体系的な理論があること」ではなく「大量の問題が格納されていること」を重視してください。できれば、問題に対する解説が詳しいものを選ぶと良いでしょう。

 またダッシュボードは絶対に紙ベースで作らずに、オンライン上に保存できるメモ(Evernoteなど)上に作ってください。なぜなら、紙は物質なので、無くなったり燃えてしまったりする可能性があるからです。

 注意するべきなのは、ダッシュボードは教材の「まとめノート」ではなく、あくまで全体進捗のみを抽象化したものです。事項はすでに教材の中にまとまっているので、改めてまとめる必要はありません。

 ダッシュボードの形式は自由です。「周回の進捗がわかりやすい」「自分が使いやすい」という目的さえ達成できれば何でも良いでしょう。教材が足りなければ、別のダッシュボードを追加していくことになります。

 以下にAWSの試験の時に作ったものの一部を参考として載せておきます。選択された教材はUdemy社の模擬試験です。私はこの教材を7周しました。また、ここでは省略しましたが、これ以外に4つほどの問題集・対策サイトを周回しました。

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 この画像を見れば一目瞭然だと思いますが、これは人に見せる用のものではないので、ドキュメントとしては「不合格」な品質です。軸の切り分けがMECEでないし、セルの内容の粒度も違う。上司に見せたらボコボコに詰められるようなテーブルです。でも、それがいいのです。

 なぜか。理由は、「周回によって、問題演習の意味合いが変わる」からです。1周目はただの意味不明な文字列との格闘だったものが、3周目くらいにはやっと文として成立するくらいには単語を使えるようになり…と、その言語体験は、問題集と出会い直す度に、全く別のものになります。この「言語体験の変化」が、勉強する者を魅了し、夢中にさせてくれるのです。その体験の手触りを残せるように、意図的に綺麗なフォーマットを崩していきましょう。

 

2. ダッシュボードを1-2個だけ管理する

 ダッシュボードを作った後に注意するのは、多すぎるダッシュボードを並行して運用しないということです。ダッシュボードが多すぎると、脳がパンクして、本当に何も頭に入らなくなります。よほどのエリートであれば5-6個回せるでしょうが、普通の人であれば1つか2つを丁寧に進めていくぐらいがちょうど良いのではないでしょうか。

 少なくとも私には、マルチタスクが無理なので、一度に回すダッシュボードの数は、「多くても2」と決めています。

 

③ 「実装」編

1. 問題を解いてから概論を読む

 さて、ここから実際に問題を解く際の方法論について説明していきます。

 まず、人の話を聞けない私は、概論を「後から」読むことを徹底しています。どんなものも、まず問題を解いて、間違えたり正解をしたりして、その後に理由を教えてもらうという方が身につきやすいです。これは①-1で説明した事項を徹底させるということを意味します。

 これは私だけに適用できる話かと思いきや、案外汎用性の高いものであると考えられます。大学生の頃に塾講師をアルバイトでやっていて、多くの生徒を見てきたのですが、「概論→演習」から「演習→概論」へとスタイルを切り替えることで、飛躍的に伸びた生徒が多数いました。

 それらの生徒に共通していたのは、「概論を読んでいるつもりでも、実は何も理解していなかった」ということでした。これを逆手にとって、「自分は理解できていない」という事実性を突きつけることで、概論を読まないといけないという必然性を心にインストールする、というのが私の勉強法です。そして、「分かっていない」という否定的な事実は、後から知らされるより先に知らされた方が圧倒的にストレスが少なくて済むものです。

 それでも概論から読んだ方が効率よく進められるという方は、どうぞエリート街道を歩むことをお勧めします。しかし、時には演習と概論の順を逆にすることは、エリート街道に疲れたあなたの優秀な「息抜き」にもなることと思います。

 

2. 教材を少なくとも5周する

 このセクションが私の勉強法の最も「キモ」となる部分で、また最も「キモい」部分だと思います。教材は、少なくとも5周しましょう。この「少なくとも」というのが重要です。

 先ほど、「周回によって言語体験が変わる」という話をしましたが、私の場合、その体験がパターン化されたものに落ち着いてしまうまでに少なくとも5回という機会が必要です。6回目以降は、大抵の場合は経験は収束し、理解度も安定してきます。

 当然、「5回なんて回数、どうやってやるの?」と思われるかもしれませんが、「いきなり全てを理解しなくていい」という前提があれば、案外時間がかからないことがおわかりいただけるでしょう。また、回数を経るにつき周回速度は飛躍的に上がっていきます一番時間がかかるのは、言葉に全く馴染んでいない1周目ですが、言語体系に慣れれば慣れるほど、徐々に速く・綿密に言葉を処理することができるようになるでしょう。

 (ただし、「どれだけ周回しても全然馴染まないし正答率も上がらない」科目もあると思います。私の場合簿記や宅建がそうでした。あと運転免許試験にもかなり苦労しました(3,000問×10周程度の演習でようやく合格ラインに乗った)。文章の意味がわからないだけでなく、言葉の使い方が生理的に「無理」だと厳しいものがある場合があります。「よくわからないけれどもやってみると楽しい」という感覚はかなり重要みたいです。)

 

3. 低い正答率に落ち込まない

 これはもはや説明の必要がないかと思いますが、正答率が低いことを落ち込む必要はありません。むしろ、言語体系に馴染みがないにも関わらず、正答率が高くなってしまうことの方が異常であり、危険な事態です。

 正答率が最初から高いものを少しずつエンハンスしていくというのは、なぜ最初からその点数を取れているかという根拠を掴むことが非常に難しくなります。逆に、正答率をどん底から上げてくような場合は、「言語体系に馴染んだから」という明確な根拠と、その実感を伴うのです。

 

4. 言葉の関係に馴染む

 問題演習の目的は、それを通じて言語体系に馴染むことにあります。そして、言語体系に馴染むための近道は、逆説的ですが、自分が「馴染んでいないこと」、つまり違和感の所在を言語化することだと思います。

 Aという語とBという語が文章の中にある場合、それらの定義を調べてそれぞれ覚えるのではなく、それらの関係を詳しく観察しましょう。たとえば「AならばB」の「ならば」の部分や、「Aの観点からBが良い」の「の観点から」の部分を感覚的に拾っていくのです。名詞や動詞ではなく、接続詞や副詞、英語の場合は助動詞などに注目するのです。

 文章中にAとBという異なる言葉がある時、大抵の場合、それらは互いに異なっています。仮に「定義」が同じであったとしても、AとBという二種類の言葉が用意されていることを考えれば、それらの用法におけるレベル感が異なることがほとんどです。このように読むことを心がけることは、読解の基盤となる単位の、「意味」から「関係」への転換と呼べるでしょう。

 これは、異質なものとしての言語体系に出会うことを意味します。したがって、「既存の」枠組みで新たな事項を「理解」しようとするのは得策ではないと考えられます。そういう作業は、あくまで新たな言語体系に馴染んだ後の段階です。そもそも私は「理解」という言葉を一切信用していません。

 私の場合、2周目の演習から徐々に、「メタ読みメモ」を書き溜めるようにしています。この中には当然問題集の中に解説されていることを端的に書くことも必要ですが、より重要なのは、問題文や解説における言語の運用に違和感や悔しさ、驚きを覚え、それをノートに書き留めることです。

 こうすることで、3周目以降は2周目の言語体験を土台にしつつ、どんどん違った見え方を模索していくことができるのです(以下のメモはAWSの勉強時に書いたものですが、4周目くらいで大幅に書き換えられているので、すでに言語体系にかなり慣れていることがわかります)。

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④ 「仕上げ」編

1. 「受かりそうな時」に申し込む

 ここからはいよいよ試験本番に向けた説明です。まず、多くのエリートは「先に申し込んで、お金を払って、期日を意識しながら緊張感を持つ」ことを勧めてきます。曰く、「身銭と期限を切る」ことが重要みたいです。しかし私はそのように自分を追い込むことを推奨しません

 変化する言語体験を味わうには時間がかかります。問題集を何周もする必要がありますし、自分の言葉とのギャップ、違和感ややりきれない気持ちをほじくり返す必要があります。そんな豊かで重厚な時間を急いで終わらせてしまうのはもったいないですし、寿命を縮めます

 ぜひ、6周めあたりで「そろそろ受けてもいいかも?」という内面的な傾向ができてから申し込むようにしましょう。

 

2. 効果を確認せず、知識を忘却する

 試験直前だけでなく、試験直後にも、様々な不安がつきまとうと思います。「自分は本当に何かを身につけることができたのか」という、試験効果の実質性に関する不安がメインでしょう。

 結論から言うと、試験を受けることに試験に受かる以上の「効果」はありません。その原理はすでに説明した通りです。つまり、忘却と無能という人間の原則です。試験が終わるや否や、我々は豊かな経験を、意味を、世界を忘れてしまうのです。だからこそ私たちは次の日に進み、また別の面倒な物事に取り組むことができるのです。

 

デメリット

  ここまで私の勉強法をご紹介してきましたが、当然デメリットはあります。というよりある意味で見れば、これはデメリットしかない勉強法でもあります。ここではわかりやすく2点に集約して説明します。

 

1. 効率・品質が悪い

 これはもはや説明の必要がないでしょう。時間をかけてだらだら、しかも正確な理解をせずに勉強を乗り切ることは、効率・品質という概念自体と対立します。ですがここで気づいて欲しいのは、効率・品質は人間向けの概念ではありません。私たちは機械ほど優秀ではないので、効率・品質を追い求めると「早死に」します。

 

2. ケアレスミスが多くなる

 これは意外なデメリットなのですが、私の勉強法を実践すると、ケアレスミスが多くなってしまうようです。塾で教えていた生徒たちも、高得点は取れるもののなぜか変なミスをしてしまう傾向が身についてしまいました。これはおそらく、「慣れ」によって解答方法を一瞬で判断する癖が身についてしまい、論理的に推論・証明をしていくことがまどろっこしくなってしまうからだと思います。

 私も数学のテストで大抵、10~30%分を単純な計算ミスで落としてしまっていました。ですが、多少気を付けていても、ヒューマンエラーは防ぎようがありません。防ぎようもないのに、気をつけること自体がそもそも苦痛だったのです。プロセスを細かく追うことを最後まで好きに慣れなかった私は、センター試験の数学IIBでも15点ほどをケアレスミスで落としましたが、もはや「いつものアレ」として流してしまいました

 

おわりに

 このように、私の勉強法は「勉強本」などに書かれているものとはかなり異質なものであると思います。「効果」だけで見ると、私の勉強法よりもそのような「勉強本」の方が優れていると言えるでしょう。しかし、私の方法はそれら「勉強本」よりも圧倒的に実行に移しやすいものである、という自負はあります。その理由は、「勉強本」そのものの発生源という問題にあります。

 いわゆる「勉強本」、特に自己啓発的なジャンルにあるものは、大抵なんらかの大きな「成果」を出した人によって書かれています。それは東大理III合格であったり、司法試験合格であったり、あるいは難関外資系企業の執行役員であったり…。そして、そこで記述されている勉強の構造は、あくまでそういった「天才」の脳の構造なのです。

 天才の脳の構造というのは、資本主義の成果基準に適合しており、「モノ」や「機械」に近い構造です。文脈や意味を正確に限定し、求められている者を察し、概論から演繹的に解答を導く…。そこで、凡人がそれを実践してみようと思っても、当然うまくいかない。 それでも「モノ」「機械」の構造に身体を無理やり収め込もうとして、心や身体を壊してきた知り合いや友人を、私は何人も見てきました。

 私の提案する勉強法は、「死なない」ための勉強法です。死ぬまで何かを乗り切りながら、言語の変化の波に乗ってなんとか生きていくために一番大切なのは、「死なない」ことだと私は思います。なので、(皮肉として)ニーチェ風に言えば、「人間的な、あまりに人間的な」勉強法へと敢えて自分を「没落」させてみる。そういった方向性を考えてみることも、必要ではないかと思うのです。