いっそのこと失敗する意思疎通へ 〜当事者研究の「失敗論」的転回は可能か〜

背景 〜ごく個人的な自分語りから〜

「何かがおかしい」という違和感。こんなことを私が言っていいのかという不安。どんな記事を書いたところで、そのような居心地の悪さに私は悩まされる。それは「完璧な語りなど存在しないよ」「自分が書いたものを疑うなんて偉いのね」といった種々の慰めを跳ね返すような、自分という主体の企画・調査・編集・執筆能力への不信感である。

だが『自己語りの社会学』への書評を書き終えてから、私はとりわけ強くその感覚を抱いていた。そこにはきっと私が取り扱い損ねた、何らかの重要な論点があるに違いないと思った。

この違和感は漠然とであるが、「私が当事者研究に何らかの可能性を期待したのは確かだが、その可能性は果たして観察者側の現行の方法論で観察者側に気づいてもらえるようなものなのか」という不安である。私がコーディネーターでない以上、私が学問コミュニティに参加していない以上、この点を直接問い詰めるのも難しい。もっといえば、仮にそういう観察者的当事者性を持っていたとしても、問いとしてきちんと煎じ詰めていない以上、そのような漠然とした違和感を直接投げつけても、「あなた自身がちゃんと考えていないことに、こちらが答える義理などない」と門前払いされるのが当然であろう。

そのような中、(急に個人的な話になるが、)先日、ずいぶん前に職場で一緒に勤務に励んでいた同僚たちと「オンライン飲み」をする機会があった。「オンライン」飲みなのに、集団内でいくつかの会話の小集団に分かれて、それぞれ別の話をするといった「リアル飲み会あるある」の状況が発生していた点で、極めて面白い状況であった。

その中でのとある先輩の発言で、妙に気になるものがあった。「人類学の存在論的転回」というワードである。私はあまり馴染みがないながらも話についていくため、しばしば頓珍漢な質問をしながら、またもう1人の先輩を議論に巻き込みながら、先輩方の語りを追って行った(割と的外れな質問を連発してすみませんでした)。

その語りの中で、先輩方は偶然にも「当事者研究」というワードを連想的に結合していた。「転回」の話から一旦離れつつ、話題は次々に飛び火していく。例えば人類学と当事者研究は、どのような関係にあるのか。なぜ、互いにある種似た試みであるのに、両者は「離れて」いるように見えるのか。「声なき人」の見つけ方や、「声なき人」への声の与え方の違いは何か。そもそも「コミュニケーション」は暴力なのか。そして、果たして声は我々にとって「力」なのか否か…。話題は広範にわたる。飲み会が終わった後も、私は「人類学の存在論的転回」についてネットで食い入るように調べてしまった。この冒頭に述べたような違和感とも直結しているという直感があった。

そこで入門的なレベルであるが、いくつか手持ちの文献を組み合わせながらこの違和感の正体を突き止め、私なりの今後の探究の足場としておくことをこの記事では試みることにする。

※この記事は私自身というより、私の尊敬する前職の某先輩方の発言から醸成した問題意識です。Oさん、Nさん、興味深い問題意識の世界へとまたも私を招いてくれて、ありがとうございます。

 

仮説

当事者研究には「人類学の存在論的転回」から参考にすべき、十分に開拓されていない観点(パースペクティヴ)がある

 

使用文献 

イデア自体が成立するかどうかを確認する執筆行為であるため、今回は専門的な研究書で詳細な立証を試みることはしない。イントロダクション的なテクストのみを取り扱って論じることにする。

 

検討

人類学の存在論的転回における、他者性へのまなざしの「複数化」

従来(「従来」という言葉はもちろん問題ぶくみの偏見語だが)の人類学においては「単一の自然/複数の社会」という対立、およびこの二つの項の一般性を、ある種所与のものとして語らざるを得なかった。人類学は常に他者のことを考えようとする過程で、他者を一般化してしまう力と闘ってきた。「自然/社会」という存在論的所与を固定してしまうことも、他者性の悪しき還元に貢献してしまう可能性を持つことは想像に難くないだろう。「転回」はまさしくこの所与に対して抵抗せんとするものである。

ここでは『現代思想』2019年5月号に収録された「人類学の存在論的転回」の紹介記事に則って、この「転回」に至るまでの人類学の方法論の変遷や、「転回」のインパクトを追ってみる。

まずはポストモダンによるモダンの批判という段階を見てみよう。その批判の対象となるのはデュルケムやボアズなどによる「相関主義・相関主義」的人類学の手法である。

デュルケムやボアズは、カント主義からの深い影響の元、「人々が世界を認識する仕方は社会的・文化的条件によって規定されている」という優れて相対主義的かつ相関主義的な認識論を打ち立てた。そこでは、世界それ自体は単一で普遍的だが、それを認識する社会的・文化的な仕方は多様であり(=「単一の自然/複数の文化」という二分法、あるいは文化相対主義)、この多様な仕方を研究すること(=認識論)が人類学の務めであるという、その後の人類学における二つの基本的前提が不可分に結びついていた。

(「人類学の存在論的転回 他者性のゆくえ」『現代思想』2019年5月号 P118) 

これに比して、1980-90年代にはポストモダン/ポストコロニアル的な立場から上記の方法論への批判が巻き起こる。

ポストモダン/ポストコロニアル人類学が指摘していたのは、還元すれば、「これまでの人類学が問題にしてきた文化的他者というものは存在しない。それはグローバルな政治経済システムが生み出した周辺を想像上の素材として、西洋近代における表象・言説の機構が構築したものに過ぎない」ということだった。そしてそのような指摘の結果として、多くの人類学者が、人類学における伝統的な他者 - 比較的伝統的な生活様式を維持している、非欧米圏の地域社会 - とは異なる研究対象に向かったことも事実である。

(「人類学の存在論的転回 他者性のゆくえ」『現代思想』2019年5月号 P120) 

だがこうしたポストモダン/ポストコロニアル的人類学は皮肉にも、この「表象の危機」の問題にシリアスに深入りするあまり、果てしない自己言及的な営みへと突き進み、やがて事後的には「自己言及の閉塞状況」(P118)と評価されることとなってしまう。

そこで、パースペクティズムによるポストモダンへの批判を見てみよう。上記のポストモダン/ポストコロニアル的人類学は、人類学自体の政治的な偏りを認識論的に問い直すことを強いて、「説明対象」の矛先を自らに向けた。しかしそのような認識論的限定へのこの批判こそ、「存在論的転回」の核をなす問題意識である。

従来不問にされていた人類学/民族誌の構築せいや政治性を主題化したポストモダン/ポストコロニアル人類学は、一面で、もともと認識論的であった20世紀の人類学をいっそう強く認識論の枠に閉じ込めるものであった。「単一の自然/複数の文化」という二分法と認識論への自己限定のために、人類学はこれまで多くの場合、自らの根本的主題としての差異あるいは他者性について考え損なってきた。

(「人類学の存在論的転回 他者性のゆくえ」『現代思想』2019年5月号 P118) 

こうした批判的態度は、「人類学の役割は、他者の世界を説明することではなく、むしろ我々の世界を多数化することだ」というヴィヴェロス・デ・カストロの有名な言葉にも集約されている。

こうした問題意識をベースにしつつ、例えばカストロはあえてアメリカ大陸先住民というエキゾチックな人々を研究対象とし、彼らの「コスモロジー」を研究する。様々な動物や精霊が自らを「文化的」生活を持つ人間としてみなすという独特な世界観に触れたカストロは自身の論文において、「世界自体を人間の観点、ジャガーの観点、精霊の観点など無数の異なる観点からなる多元的で代名詞的な世界として描き出す」(P119)ことに成功している。

そしてカストロは、彼の試みに触発された人々と共に、「同一性の限界」を超えるために「パースペクティヴィズム」なるものを提唱する。カストロのような研究は一見、「他者との出会いによる弁証法」を志向する、近代的な「相対主義の人類学」へと戻ってしまうようなものにも見える。しかしカストロの研究の目論見は、そうしたものとは全く別のものである。

彼はその方法論において、「パースペクティヴィズムにおいて異なる種が異なる観点を持つように、それぞれの地域・集団にはそれぞれの存在論がある」といったことを主張しているのではない。彼が問題にしているのはむしろ、人類学という営みに内在する、人類学者とその研究対象となる人々の観点の差異、言い換えると、人類学という言語ゲームへの関わり方への差異である。…(中略)…

そしてそのような差異の表れとして生じるのが「取り違え=多義性」(equivocation)、すなわち、人類学者と研究対象の人々が、同じことを言っているように見えて実際は全く異なるものについて語っているという状況であり、彼によれば、それこそが人類学の可能性の条件にしてその限界に他ならない。

(「人類学の存在論的転回 他者性のゆくえ」『現代思想』2019年5月号 P120) 

何らかの客観的で言語統一的な立場で認識論・存在論の多様性を人間知識の「見取り図」に登録し、解説するのではなく、ある言語ゲームにおける「同じ言葉」であるはずのものが生み出す観点の分割を存在論化すること。これこそカストロらが目指したものであった。

以上が認識論から存在論への人類学の「転回」であり、また「他者性」へのより強い接近の志向の徹底を目指す人類学の試みの発展経緯を外観したものである。

 

当事者研究の場合

エヴィデンスの相対化と共に、科学のあり方を変えていく試みとして筆者が注目したいのは、患者が当事者として科学に参入するだけでなく、同時に科学者や臨床家が当事者としての立場で語り出している事実だ。…(中略)…

確かに、科学の「冷たい」言語は、当事者の語りの唯一無二な、独自性を否定するものとして受け取られかねない。しかし、それは必ずしも「冷たく」ある必要はないはずだ。科学者/当事者の対話を重ね、精神医学科学を私たちの経験や、「生活世界」を反映したものへとより洗練させていくことで、徐々に変えていける文化でもある、と信じる。

(「語りに基づく科学」『現代思想』P193)

では当事者研究の場合はどうか。自分や世界を観察すること自体を複数に分割することはできるのか。上記引用には、そのような期待を誘うような事実的実績が当事者研究内にもあることを予感させる響きがある。しかし上記引用は厳密には、複数化ではなく統一科学の線的な進歩を前提としたものではあるまいか。

また当事者研究に限らず、「体制変更・言語変更の可能性」なんぞ制度内のどこにでも転がっているはずのものである(べきだ)。では当事者研究は、単一の科学言語への直接の政治的な揺り動かしとは少し別な、「転回」に見られるような他者性へのラディカルなアプローチをとることが「実際に」出来そうなのか?そこでまずは、当事者研究と既存制度の関係性に関する、当事者研究側の考え方を詳細に見てみよう

医学的診断名と自分の苦労のタイプを合わせた、いわばハイブリッド型の自己病名は、べてるの家の「構え」のようなものを示している。精神科における診断には特有の難しさがあるが、だからこそ、診断は医師が責任を持って下すものとなっている。自己病名は、そうした医者の権威への挑戦であり、専門家から苦労を取り戻すための重要な作業だと言える。しかし、そうであれば、医学的な診断名を無視すれば良さそうなものだが、べてるの家では、統合失調症のサブタイプを文字って、統合失調症○○型という自己病名が用いられている。精神医学的診断名のこのようなパロディ的な利用の仕方を「半精神医学」と呼ぶことにしよう。これは1960年代に展開された「反精神医学」と呼ばれる運動をもじったものである。

(『当事者研究の研究』P37)

好意的に解釈すれば、「半精神医学」なる姿勢は、差異を存在論的に捉えるという目標を「新しい人類学」と共通させているように見えるが、どうしてもややマイルドなものに聞こえる。またここでも当事者研究者たち(ラベリング的な言い方だが)は、コミュニケーションの「成功」がもたらす可能性について期待し、反省的に進捗する統一的科学体を想定しているように見える。そのような成功の着地点を想定することは、「観点の差異すらもこのコミュニケーションの内部で扱われるのであれば、それが互いに了解可能なものとして互いに伝達されるや否や、その差異を存在論化することは不可能なのではないか」という絶望すらこちらに抱かせかねない。

当事者研究における病や身体・心の「問題」と、人類学における「自然VS社会」とを安易に関係づけることは私にはできない。ただ少なくとも言えるのは、前者においては、すでに観察者にとって了解可能な言語によって形成されたはずの主体こそが「語る」ことで研究の場が成立するであろう、ということだ。当事者研究が始まる前に、すでに「病」は存在し、それに対する「ケア」が進行している。当事者ないし患者は、「病」「ケア」という少なくとも二つのシステムによる言語運用に常に巻き込まれていると考えられるのだ。

私には一見、このような医学・ケアのシステムに包摂された当事者の諸前提が、システム側のものと「全く別」であることの不可能性があるようにすら見える。だが私のこの発想自体、コミュニケーションの外部をすでに排除した発想である。だとすれば、その発想を裏返すことができる限り、希望を捨てるにはまだ早いのではないか。

 

同化の失敗を同化しないことへの希望

ここで他ならぬ当事者研究の方法論の「内部」において、そうしたコミュニケーションの「外部」を考える契機を探してみよう、という地点にわれわれは至る。しかし、そもそも「同じこと」を言いながら、その構成作用が全く別である「かもしれない」というアンテナは、当事者研究側がどこに張っているのか。確かにこの種の懐疑的センスは、ある種の学問的な「不信」関係を構築する。もはやこの姿勢は、研究企画がうまくいくことを意図的に阻害してしまいかねないという問題を伴う。

とはいえ共通言語によってコミュニケーションをしながら、互いがどこか互いを全く信じないような余白は、それはそれで別種の信頼をもたらすはずである。そうした余白はどこにあるのか。余白を互いに想定することが、同一性への還元へ向かう暴力を暴走させすぎない安心感をもたらすのではないか?

そこでこの疑問への回答になりうる起点を当事者研究のメソッドの中で血眼になって探してみたが、どうしても見つけられない。前の書評の結論で自分自身どこか感じていた違和感は、多声化するためにどのようにコミュニケーションを「失敗」させるか、という点にあったと考えられる。しかし、書評の対象になった書籍においても『当事者研究の研究』においても、今のところコミュニケーションの(最終的な)成功例しか見いだすことができない。

この不満は部分的に、また別の言い方によってではあるが、コミュニティ内での「同化圧力」の危機としてすでに当事者研究側で指摘されており、今のところ開かれたままの問いであるように見える。

「コミュニティによって共有化され、テンプレート家された『本物らしさ』、つまり、いかにもそれらしい特徴を持った人物として同化的に振舞うことをしなければ、コミュニティから排除されかねないという圧力」が生じる可能性があるのである。…(中略)…

当事者研究における同化圧力と普遍化の問題も、今後さらに検討されるべき問題だろう。

(『当事者研究の研究』P60)

 

また「代表性」という問題も列挙しておこう。

代表性の問題とは、当事者の発言が、果たして当事者全体を代表しているものなのかという問題であり、障害者運動においても問題化されてきたものである。当事者研究は広まってはいるが、当事者の数からすれば、当事者研究に参加している当事者の数はごくわずかである。また、講演会や研究会などで当事者研究の発表をしたり、当事者研究の成果をまとめて書籍や雑誌に発表できる人も限られている。

そうした人々は確かに当事者でもあるが、当事者を代表していると言えるのだろうか?

(『当事者研究の研究』P63)

研究をまとめる際の、このような成果物的な同化圧力の一種も、結局は「コミュニケーションにおける余白の不在」という問題に帰着されるように私には思われる。当事者の 「問題」と「事象」を一般化し、研究結果としてドキュメント化したことを「正式バージョン」とすることは、一つ前の引用におけるコミュニケーションの公共的一元性の問題と同じ構造をしている。では私たちは結局、死ぬまで真理に向かって闘争を続けなければならないのか?

ここで、そのような同化への抵抗の鍵は、「秘匿すること」、「中断する権利」にあるかもしれないと指摘しておく。その例となるのは、コーディネーター側が当事者の参加ルールに敷く「緩和原則」のようなものであろう。

発起人の綾屋は、既存の社会において集団性を求められる際に、心身が辛くなったり、無理やり適応して体を壊したりしてばかりであった。そこで研究会において最初に設定するルールは、自分の心身ができるだけ楽でいられるものにしようと考え「過剰な刺激はNG。それ以外であれば飲食、早退遅刻、寝る、携帯・ネットなど、一般的に禁止されるようなことでもOK」というものにした。

(『当事者研究の研究』P276)

さらにこれに加え綾屋は当事者自身や参加者がドタキャン・エスケイプすることも許可している。必要に応じて中断し、秘匿し、せめてそれを通して「うまくいくこと」がその優先度を落とし、遅延されれば、差異を統合せずに顕在化するチャンスがあるのではないか、と私には少しだけ思われた。だがそのような「緩和地帯」を設けた営みの内部にも、「なぜうまくいかなかったのか」という大きな方向転換、失敗から成功に折り返してしまうチェックポイント(監視地点)が散りばめられているのだ。それも、研究者・コーディネーター同士のかなり身近な会話のレベルにおいて。

綾屋:毎回「ちゃんと研究した」という感覚を参加者に提供できないと満足してもらえず、参加者が減ってしまうのではないかという焦りがあるのですが。

上岡:毎回なんてうまくいくわけないじゃん笑。一年やってて一つか二つ、たまにいい研究が出る程度だよ。

綾屋:じゃあ、何かまとまった研究成果が生まれるのには、すごく時間がかかるってことですか。

(『当事者研究の研究』P279)

「うまくいくわけないじゃん」という言葉は、(ちょうど冒頭で私が受け付けなかったような)「慰め」として機能している。「毎回は」という枕詞は、「最終的には」「奇跡的に」訪れるはずの着地点としての大団円をわれわれに期待させてしまう同化圧力以外の何物であろうか?

例えば、「このコミュニケーションをうまくいかせるべきでない」という当事者や観察者の気持ちがあった場合に、それを統合せずに別の仕方で存在する言語運用のチャンスと捉える機会にするにはどうすればいいのか。生かすための失敗ではなく、失敗の固有の存在論を考えること。当事者研究の「失敗論的転回」とも言えるこの転回の糸口は、まだまだ十分に開拓され始めてすらいないのかもしれないと私は考える。

 

課題 (記事の「自己評価」をしてみた)

やはりこの記事を執筆する上で、私の人類学の知識学不足が目立った。特に当事者研究は医療制度との関わりが強いため、「存在論的展開」によって医療人類学のアプローチにどのような影響が与えられた、それは当事者研究といかなる影響関係を生じさせうるかという部分の検討が皆無である点は問題があろう。

だが私は当事者研究側についてはある程度のバックグラウンドを持っており、そのアプローチにおいて「コミュニケーションの外部」をどう深刻に扱うかという点を明確に指摘したことは結構手応えを感じている。例の書評の弱点を補強する構成にもすることができたように思う。またこれは私自身の当事者研究の個人的な失敗の理由への一つの回答にもなる。

とはいえ、私の問題意識に回答するような「ラディカル」な先行研究が全く存在しないと言えるほど調査を徹底した訳でもなければ、そもそも当事者研究の何かしらの当事者性を発揮してもいない。自分の地の文に対する引用の量が多いのも、適切に先行研究を網羅・分類できてないからではないか。二重の意味でこの問題への私の当事者的関与が弱いことは、記事の強度を下げる要因となっているようにも思われる。そもそもある種の「一家言」的記事、何かを批判するような記事はご法度なのだが、今回は私の実力と関与不足により、結局そういうタイプの記事に落ち着いてしまった。本来であれば、「仮想的」とみなすような相手の中にこそ、問題解決の糸口を見つけるべきなのだ。

しかし、それ以前に私は、私「だけ」に目を向けることをまたもや忘れている点に注意することが必要である。「そこにコミュニケーションがあるなら、必ずそれを破綻させてしまいたい」という自分の天邪鬼な態度のことをすっかり忘れていたのだ。こうした自分自身の傾向(nature)が、執筆行為において傲慢な中心的サディズム・破壊主義に陥らないよう冷静にモニタリングする必要があろう。